こんにちは、樽タサクです。
自分の今いる場所から外れるとちょっとした恐怖を感じたりする。
それってコンフォート・ゾーンから外れること。
いやー、自己啓発でよく見聞きしますな~。
自分が嫌だと思っていても、そこから抜け出せない状態がコンフォート・ゾーンにいることらしいが…。
え?それって自分で自分に鞭打っている状態なのに、
「痛い、痛い、ツライ、しにそー…でももっと打って 💛」
ってことかよ~。セルフSM。
コンフォート・ゾーンの説明を読んで、こりゃマズイ!コンフォート・ゾーンから抜ける練習じゃ!!
良いと思うことは即実践。
少しずつ自分が恐れていることを外す作業を行っていました。
何か変わったか?自分ではよくわからん。自分が変わることは実感しないが、周囲の私への反応は変わる。
なんじゃこりゃ。(・・?)
自分の変化具合は周囲の反応の観察で分かるもんだね~。
私は変わりました!って思うのも大切だが、周囲の反応観察も大切。
当たり前か。(o^∀^)
自分の感情に集中して、自分の恐怖のようなものを一つ一つ確かめる作業をしているだけです。
いちいち頭でどれが恐怖かなと確認するというより、何かを見聞きしたときに感じる「ゾワッ」っとするのを感じきる。
恐怖がどういうものか考えすぎると、訳が分からない状態に陥るので、簡単に「ゾワッ」と感じる方を採用しています。
自分の感情をコントロールすることがどうやら「建築家」の特徴。
16Personalities性格診断テストで結果が「建築家」
その「建築家」の特徴の一つが自分の感情をコントロールすること。
確かに、感情はコントロールするものだという思いがタサクにはあります。
人生を振り返ると、感情をコントロールして、冷静に判断しようとしてきました。「感情にのまれないようにする」は自己啓発などで基本中の基本だとよく言われてますしね。
比較的楽にできたりするので、そこがサイコパス診断に引っかかる要因ですが…。
自分のコンフォート・ゾーンの一つが「感情のコントロール」か?
コンフォート・ゾーンってあっちこっちにある。なんだか面倒くさいな。┐(´д`)┌
タサクは今まで、冷徹な感じをどうやら周囲の人に与えていたらしい。
「鬼灯の冷徹」の主人公・鬼灯にシンパシーを感じます。
無表情とはちょっと違うのですが、人から見るとそこはかとない闇を感じさせるようです。
頭の中はぶっ飛んだことばかりなのに、冷静沈着・サイコパス扱いとは…。
感情をコントロールするだけじゃなくて、しっかり感じ取る。
起こった感情が、何を示しているかをちゃんと見てあげる。指針とかベクトルとかそんな感じで感情を見てあげる。
シンクロと心のベクトル
シンクロから引き起こされた、心の動きの話です。
超常現象研究家である秋山眞人さんの本を本屋さんで立ち読みしていました。
本のタイトルは覚えていない…。スミマセン m(_ _)m
その中で、シンクロニシティのエピソードがありました。
車のナンバーの話。
車を運転していて、ふとある数字が目に入った。
「1111」
そうしたら、次に
「2222」
あれ?と思っていたら、
「3333」、「4444」、「5555」…「9999」
と順番通りに、短時間で見た。
待ち合わせの時間潰しにフラッと立ち寄った本屋で、なんとなく手に取った本。

へ~そんなことあるもんかいな~
ぐらいの印象。
待ち合わせの時間が迫ったので、本屋を出て自分の車に戻りふと向かいに駐車している車を見たら、ナンバーが「9999」

ゾロ目ね。
駐車場を出て暫く運転していたら、目の前の車のナンバー「8888」

この番号ってよく見るわ~
また少々運転していくと、信号待ちでの対向車のナンバー「7777」

人気だよなこの番号。こんなのよくあるある。
そんな風に思っていたけれど、なんだかゾワッとしてきた。そうしたら、立て続けに…
「6666」、「5555」、「4444」

ぎゃーーーーΣ(゚Д゚)!なんだこれは、なんだなんだ!!
だんだん怖くなってきた。
恐怖を感じてくると、自分の記憶の中から似たようなものとリンクさせていく。
リンクしたのは、ある芸人の話…かまいたち山内のコワイ話 「幽霊からの警告」
数珠を常につけている後輩芸人の話です。話の流れは↓こんな感じ。
最初に目についたポスターのはがれた部分から手が出ている。
次に目をやったCDラックのところからまた手が出ている。
怖くなってテレビのモニターに目を移したら、テレビの上からまた手が出ている。
その手が、5、4、3と指折り数えている状態だった…(話の続きは検索してください)
この話を車のゾロ目ナンバーカウントダウンで思い出してしまった。
いつもは、幽霊見たい~とかいろいろ幽霊を見た時の妄想したりするのに、妙なシンクロが起きたとき脳が誤作動したのか、恐怖を感じてしまった。
なんだか都市伝説によくある異世界へ入って戻れなくなるのではないか…とういう別の恐怖まで感じる。

そこで、

きゃーーー、嫌だ!!!!
となってしまった。
しかし、特になにも起きはしなかった。
何もないんかい、ここまで読んだ時間を返せ!
ってなりますわな~。スミマセン m(_ _)m
コンフォートゾーンからでるときの感覚ってもしかしたらこれと同じかもしれない。
もう少し、冷静に考えて過程を整理すると…
秋山さんの本をよんで、シンクロの感覚を無意識に感じた。 |
なんじゃこりゃ。人の脳って…。
せっかくシンクロってこういう感じだ~という体験だけで終わるはずだったのに…それも楽しい・面白いという感じのはずなのに…。
新しい面白さを受け入れることがコンフォート・ゾーンから一つ抜けるチャンスだったのに、自分でそれを止めた。
脳の機能で危険と判断する、それも勝手に。
コンフォート・ゾーンから抜けられないとは、こういうことだったのかもしれない。へ~って感じだ。
体感って大事。傍から見ると、どうってことないでしょ?
「単なる偶然、数字を見ただけ」
あるがままを見れば、どうってことない話。
自分の生活を振り返ってみて、現象と感情がリンクするか観察すると意外とこんなこと多く出てくる。
脳が勝手にそういうプログラムされているとわかれば、意外と簡単に自分のコンフォート・ゾーンを抜けることってできるのかもしれない。
知っているありったけの情報を取り出して、新しい世界へ行くこが危険だと全力で阻止してくる脳。
こんな簡単でとるに足らないものを恐怖だと認識させようとするって…気づくまでに結構遠回りしたもんだ。
わき起こった感情が、自分の今までの思考のクセみたいなものを気づかせる指針となった感じです。
連想しているだけかもしれないけれど、しっかり認識すれば自分自身を理解できるはず。
小さなことからコツコツと(またこれかいな)
大げさなことをしなくても、自分の制限するものを外していくことはできるのかもしれません。
それでは
また、次回 ヾ(´∀`)