沖縄で生活:意外と知らないダークな沖縄

沖縄で生活:意外と知らないダークな沖縄 色々なこと

ネットでは多くの移住記事がありますが、結構ハッピーな感じが多いです。
皆さん沖縄のいいとこいっぱい見てらっしゃる!

 

でも、意外と知られていない話なんてまだまだあります。
沖縄県出身者(特に50代以下)の多くも知らないこともあったりします。

 

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沖縄の影の部分?

 

意外と沖縄の人はウェルカムではない?!

私の友人たち(奈良・京都・兵庫・北海道・広島・関東・九州全域出身)からの移住感想
どうやら誰でも無条件にウェルカムではないようです。
イメージが先行して、全ての沖縄県民がウェルカムしてくれそうですが、意外と壁は感じています。
 
心を開いている人には心を開く

当たり前なことではありますが、「何でも受け入れろ!」だと拒絶されてしまいます。

 

それに、沖縄の人は自虐ネタ多いですが、そのことに県外の人が乗っかるとウラで相当キレます。
沖縄の人の自虐ネタになったら、「へ~そうなんだ~」ぐらいで笑って受け流すほうがベター。

 

職場で関西弁を使うことを禁止になった?!

京都出身の友人は保育所で働くとき、園長先生から関西弁(京都弁)を使わないでと言われたそうです。
園長先生曰く、本土の人を嫌がる父母がいるし、特に関西弁は嫌がられるから。
私と知り合う頃はすでに京都弁を完全隠しで話せるようになっていました。
彼女は色々気を使って大変だったとのこと。
馴染むにも相当苦労したようです。

 
 

実は沖縄出身の人たちも住みづらさを感じることもあります

何年も寄留民と呼ばれる

同じ沖縄県民なのに違う村or町へ引っ越すと、その引っ越し先で寄留民と呼ばれる。
村や町となると人口が少ないと思われますが、3or4万人人口の村や町の話です。 

 

明らかな差別として使う場合と、単によそから来た人という区別で使う場合の両方あります。
寄留民というだけで、公民館を使わせてもらえないということもあります。

 

引っ越して10年以上経てやっと寄留民と言われなくなった。
つい最近、20代女性から聞いた話です。

 

同じ村出身なのに、地区が違うだけで変なレッテルを貼られる

沖縄では地区のことを部落と表現します。(ちなみに被差別部落は沖縄にはありません)
同じ村出身でも、部落(地区)が違うと性質まで違うらしいです。
性質どころか、イントネーションもだいぶ変わることもあり、イントネーションでどの部落出身かバレます。

 

同じ村民同士であっても、○○部落のヤツは粗暴だ・口が悪いとか言います。

 

ある部落の祭りでのこと
「●●さんの家の嫁さん、○○部落出身だよ」
「あ~、だから酒飲みで下品なんだ」

 

こんな会話が普通に繰り広げられる。

 
 

離島出身者も差別されていた

ほんの数十年前まであった本島の話です。
なので、離島出身者がハングリー精神をもって本島へやってきて立身出世なんて話も多いです。
ちなみに沖縄の大手小売り店サンエー創業者は宮古島出身です。

 

名字で離島出身だとわかります。
離島出身者との結婚を反対されることもよくあったらしいです。

 
 
方言も全然違うので、本島の人からすると外国語のように全然理解できません。
ちなみに、プリウスは宮古方言では馬鹿なウシという意味らしいです。

 

本島北部と中南部

名護に住んでいていた友人、何処出身かと聞かれ、「那覇」と答えると舌打ちされた。
中南部の人への対抗心や拒否感がどうやらあったらしい。
現在はそういう事も少なくなったみたいです。
北部の方言も中南部と違っていたりします。
パピプペポの音が多い印象があります。

 

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ジュリは遊女を意味します

樹里・朱里・朱璃など、ジュリと呼ぶ名前は結構あると思います。
でも、ジュリという名前は沖縄の年寄りから眉を顰められます。
文字の問題よりも、ジュリという響きが問題になってきます。

 

理由は以下の通り

ジュリとは遊女・娼妓のこと。…近代ではほとんど尾類という字をあてる。発生の歴史は不詳だが、中国との交流が盛んだったころ(14世紀)から存在したといわれ、薩摩侵入(1609)後、貢租の取立てが厳しくなって、農村の貧困家庭の娘が身売りをする例が多くなり、私娼が増えたため、1672(尚貞4)年、摂政・羽地朝秀によって辻・仲島の遊廓がつくられた

『沖縄大百科事典 中』(沖縄タイムス社 編・刊、1983年)

沖縄の若い人たちは、方言を知らない割合が大きいので「ジュリ(尾類)」を知らない人も多いかもしれません。
父母共に沖縄出身でも、子どもの名前の読み方を「ジュリ」にするのがこの先増えていくのでしょうか。

 

ジュリエットとかを連想するとカワイイ感じなのですが…。

 

ナンクルナイサの本当の意味

ナンクルナイサが間違った意味でつかわれている
実は全文がこれ
「マクトゥソーケー、ナンクルナイサ」

 

マクトゥ = 正直、誠実みたいなもの
ソーケー = ~していなさい

 

人事を尽くして天命を待つ
正直、誠実、真っ当にやるべきことをやっていなさい。そうすればどうにかなる。

 

本当の意味はこちらです。
怠けていてもどうにかなるさ~ではありません。
どうにかなるさ~だけが一人歩きして、南国はなにもしなくても ALL OK! みたいになっちゃっていますね。

 

沖縄の年寄りは全文ちゃんと言います。
「マクトゥソーケー、ナンクルナイサ」

 

しっかりやるべきことをやった人に対してのみ励ますために、最後の言葉「ナンクルナイサ」だけ言うことがあります。

 

いい加減で不誠実な人には決してそんなことは言いません。

 

イチャリバチョーデー

会えば皆兄弟
来る者すべてをウェルカムというのは最近付け加えられた意味。
本来の意味はかなり場所を限定しています。
その場所とは、「門中」が集う会。

沖縄のお墓
門中墓はデカイ

 

沖縄でいう「門中」とは血族のこと。
氏族あるいは家系を同じくする同族、血族集団

 

沖縄の「門中」単位での会合が定期的に開かれることがあります。
(今ではだいぶ減ったと思われますが。)
その会合で初めて会うということも起こります。
遠い遠い親戚となりますからね。

 

そうすると、こんな感じになります
「(門中会)ここで会うとは、親戚だったんだね」
つまり
イチャリバチョーデー

チョーデー = 兄弟 という意味ですが、ここでは血族だから兄弟みたいなものとなります。

 

歴史の古い家だと膨大な人数の門中になります。
そりゃあ他人と思っていたのが実は血族。
イチャリバチョーデー
と言いたくなるのが分かります。

 

今となっては、元の意味から受け入れ間口がだいぶ大きくなり、門中など関係ないところでも使われています。

 

時間通りに来ない(行かない)ルーツ

沖縄で飲み会などすると、時間通りに来ない。
ウチナータイムなんて言われます。

 

30分でも1時間でも遅れても平気。
誘う側もそれを見越していたりします。

 

沖縄で飲み会に誘われたとき、別の都合があって行ける時間ではないと断りました。
そうするとこういわれます
「これるなら何時でもいいから来て」

 

当日になっても電話で
「用事は済んだ? これそうなら来て~」
と言われました。

 

スタート時間が緩いからなせるワザでもあります。

 

ですが、本題はここから
遅れて行くことのきっかけは振舞われる食事 にあります。
冠婚葬祭では多くの食事がでます。
それはどの地域でも同じこと。

 

でも、昔の沖縄ではそういった食事が多くでるところへ予定時間より早く、もしくは時間通りに到着することはみっともないことだとされていました。
時間通りに到着しようものなら、
「あいつは御馳走目当てにやって来た浅ましい奴だ」
と言われてしまう。

 

そのために、予定時間から遅れていくことが美徳になったとのこと。

 

時代が過ぎて、遅れて行くことだけが残って現在の状況になったらしいです。
沖縄の会社で働いたことがありますが、沖縄県民の方は会社に遅刻しませんでした。

 

ウチナータイムの使い分けしているのでしょう。

 

「美」は「ちゅら」ではない?

美ら海水族館

美ら海水族館
名前を付けるときに少々論争あありました。
年配の方が、
チュラウミとしたいのなら、表記は「清ら海」とすべきだ!
と新聞へ投稿なさったりしてまいした。

 

本当なら「ちゅら」の漢字は「清」となるらしいです。

 

美しい顔(美人)の人をチュラカーギーといいます。
この場合、美しいというよりも「清らか」という意味合いが大きいらしいです。

 

日本語直訳で、美 = ちゅら となったのでしょうか?

 

琉球古典音楽で歌詞に「美」の文字がでてきたら、「シュラ」と発音しています。
沖縄民謡の古謝美佐子さんの歌の歌詞をみても、「美ら」に「シュラ」とフリガナがついています。

 

お相撲さんのしこ名に
「美ノ海(ちゅらのうみ)」・「美(ちゅら)」
がいます。

 

「しゅら」にもどすと、先ほどの「ジュリ」のように意味の問題が出てきちゃいますね
シュラノウミとなると、修羅を連想してしまう。
修羅の海
なんだか恐ろしい。

 

この先、美=ちゅら でそのままいってしまうのでしょう。
言葉は使う人が多くなるとそれが正解になっていきますからね。

 

文字と音と意味…難しいです。

 

最後に

つらつらと沖縄で見聞きしたことを書いてきました。
同じ沖縄県民でさえも沖縄で色々差別されたり、拒否されたりするので、外から見る楽園イメージとのギャップで驚かれるかも。

 

人慣れしていて、優しい人が多いなとは思いますが、よく芸能人が「沖縄あるある」で話すような適当(テーゲー)な人は見かけなかったです。
芸能人はどうやってあんなエキセントリックな人と出会っているのでしょうか?

 

個人として沖縄へやって来る人には優しく対応してくれる沖縄。
しかし、成功したからといって外(県外)のやり方を勧めると拒否されます。

 

拒否されるというより、その成功方法が通用しない特殊さがあります。

 

ウェルカムな人にはウェルカム
押し付ける人には逆にこちら側のやり方を全面に出して押し返し、そして追っ払う。

沖縄はそんなところだと思います。

 

なんでもおおらかに受け入れてくれるでしょ!
って感じでいると、手荒い洗礼を受ける羽目になります。

 

東京生まれで東京育ちの知人が沖縄女性と結婚して、沖縄に住んでいます。
例のよそ者を寄留民扱いをする村に住んでいますが、彼本人に押しつけがましさがなく、誰に対してウェルカムなので奥さんの親戚達に気に入れられて楽しそうに生活しています。

 

色々ダークな部分がある沖縄ですが、「郷に入っては郷に従え」をしっかり認識していれば、快適に長く暮らせるのだと思います。
(まぁ、それは沖縄にかかわらずどんな土地でも当てはまりますが)

 

それでは
また、次回 ヾ(´∀`)


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